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川崎車輌時代1928年(昭和3年)~1968年(昭和43年)

1957年(昭和32年) 小田急電鉄(株)に3000形電車1編成8両を納入

昭和32年(1957年)8月に、小田急電鉄向け豪華特急電車「SE車(Super Express Car)」デハ3000形を製造した。
高速車両としては、わが国で初めての8両連接電車である。高速運転に適応するため先頭形状は流線形とし、軽量 化と低重心化を設計の主眼とした。しかも高速走行時の騒音を抑える防音装置を備え、当社が開発して実用化の第1号となったディスクブレーキを採用するなど、各所に斬新な技術を取り入れている。昭和30年2月から始まった設計検討会は、翌31年5月に製造仕様書が決定するまでに総合会議7回、分科会29回を数えた。

この電車は、小田急電鉄の営業運転に入る前に国鉄鉄道技術研究所のテスト車として約1ヶ月間借り上げられた。この間に大船~沼津間で高速走行テストが行われ、昭和32年9月27日、函南~沼津間での試験走行で最高速度145km/hという狭軌鉄道の世界記録を樹立した。
この成功から後の長距離電車特急「こだま」が生まれ、さらに新幹線用電車の誕生にも大きく貢献することになったのである。

「SE車」の開発および基本設計段階においては、小田急電鉄の要請によって国鉄鉄道技術研究所の指導、援助があり、また詳細設計段階においては、当社および日本車輌、近畿車輛、東洋電機製造、東京芝浦電気が「よりよい性能」「より美しい電車」をめざして緊密に協力しながら仕様をまとめた。
新車両の開発にあたってユーザー、技術研究所、車両メーカー、部品メーカーが一体となって取り組み、従来の鉄道車両の概念を打ち破る成果 をあげたことは、日本における鉄道車両製造技術の発達史に特筆されるべきことである。

小田急電鉄3000形電車の先頭構体、SE車 昭和32年(1957年)

小田急電鉄3000形電車、SE車 昭和32年(1957年)

小田急電鉄3000形電車、SE車 昭和32年(1957年)

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