May. 2020

スポーツとKawasaki-1

勝利の舞台を支える
「空気の技」
川崎重工の床転換システム

さまざまな人が、さまざまなスポーツを楽しむ時代だ。
川崎重工は「空気の技」で、スポーツ施設の多用途利用を可能にしている。

  • 大串 修己
    エネルギー・環境プラントカンパニー
    プラントディビジョン
    産業機械総括部 搬送プラント部
    設計一課 基幹職
  • 本多 良考
    エネルギー・環境プラントカンパニー
    営業本部 プラント国内営業部
    営業二課 課長代理

日本武道ゆかりの地に
世界初の技術

世界文化遺産・姫路城を擁する兵庫県姫路市は、多くの武道家を輩出している兵庫県の中でも、特に“武道隆盛の地”といわれる。剣豪・宮本武蔵は姫路藩主と交流があり、講道館柔道の創始者・嘉納治五郎(神戸市の生まれ)の伝道師として“フランス柔道生みの親”といわれた川石酒造之助(みきのすけ)や、“明治の剣客”と表された剣道家、髙橋赴太郎(きゅうたろう)なども姫路の出身だ。
つまり、この町に2002年、ウインク武道館(兵庫県立武道館)が開設されたのも、故あってのものだった。
ウインク武道館には2つの道場があるが、第1道場に世界で初めて導入されたのが「床転換システム」だ。

剣道場の檜の床の上に、柔道用の畳床を自動的に敷き詰める。畳32枚が台座に敷かれて「1ユニット」。それを2台の無人搬送台車が運び、4ユニットで柔道場1面ができ、武道場全体では16ユニットで4面を構成できる。畳の枚数では512枚、4面を敷設する時間はわずかに40分だ。この柔道場は国際大会を開催できる仕様を備えている。
剣道場に畳を敷いて柔道場にするのは珍しくないが、人手と時間と費用がかかる。一般的な武道館の場合、国際大会などの開催基準に準じた高さ50cmの架台上に柔道場をつくるためには10人の作業者で2日、500万〜1,000万円の費用がかかるという。

大規模で多用途の公共施設の運営では、フレキシブルな利用を可能にする工夫こそが、施設の持続的な活用、サステナブルな施設経営に貢献する。そのための具体策を提示しているのが、ウインク武道館の床転換システムである。

小林二城館長は、「建設当時、国際大会が開ける規模と設備があり、その上で施設の効率的な運用を自動化技術で実現できないかと検討した際、その願いに応えてくれたのが川崎重工でした。開設当時は“魔法のジュータン”と呼ばれていました」と語る。

鍵となるのは“空気の力”である。川崎重工は、「重量物の空気浮上技術」の成果として、札幌ドームではサッカー場を移動させる「ホヴァリングステージ」を納入。これで2002年のサッカーワールドカップでの試合開催の夢が実った。また、LNG(液化天然ガス)を貯蔵する地上タンクの建設では、屋根をタンク底部で組み立てた後、空気によって持ち上げて施工する「エアレイジング工法」も確立している。

さらに、高速・長距離で耐用年数の長い空気浮上式ベルトコンベヤ(FDC)もあり、さまざまな空気浮上技術を蓄積してきた中から、武道館用として開発されたのが床転換システムだった。
床転換システムの設置から約20年。半年間をかけた大規模な更新工事が20年3月に竣工した。部品交換だけでなく制御システムも見直し、作業スピードを上げる成果も得られている。
それでは、世界初の床転換システムを可能にした、川崎重工の「空気の技」を見ていこう。

重い床を空気で浮かせ、
無人搬送台車で運ぶ

「床転換システム」は、4つの装置から構成されている。(1)畳を載せた浮上架台「畳ユニット」、(2)ユニットを運び、並べて柔道面にする「無人搬送台車」、(3)ユニットと搬送台車の「収納リフター」、(4)各装置の制御装置と操作盤一式、である。

畳を載せたユニット1つの大きさは、幅約15m×奥行約4m×高さ0・5mで、重さは約4・5t。これほど大きなものを移動させる秘密が、空気だ。
ユニットの床下には、大きな風船のような袋が据えられ、底には無数の穴が開いている。送風機から袋に空気を吹き込むと、無数の穴から空気が漏れて接地面との間に空気の層ができ、ユニットは4cmほど浮上する。これでユニットの摩擦抵抗は1,000分の1にまで抑えられる。

姫路市手柄山に2002年にオープンしたウインク武道館。
ユニットと搬送台車が納まる「収納リフター」。観客席前列と、その前のアリーナ床の下にあり、作業中は昇降する。

床転換システムの開発を担い、今回の大規模更新でも責任者を務めた大串修己基幹職は、「剣道用の檜床は、曲尺(かねじゃく)を落とすと刺さるほど柔らかく、ユニットと搬送台車の開発では、裸足で戦う剣道選手の安全を守るために、床をいかに傷つけないかに全精力を注ぎました」と振り返る。

2台1組でユニットを運び、並べるのが無人搬送台車だ。台車は、ユニットの下に潜り込み、索引用ピンをユニットに差し込んで一体化すると同時に、ユニットの送風機に電気を供給して風をつくり出す。ユニットが浮いたところで、台車に据えられた前後・左右用のタイヤが動いてユニットを運ぶ。

柔道場を何面つくるかでユニットの配置は変わる。台車を誘導するのが床下に埋められている磁石誘導線と停止マーカーだ。台車は、磁石に導かれる形で決められたコースを辿り、マーカーによって「5cm先で停まる」などの命令を知る。正式には「磁気誘導式無軌道走行台車」と呼ばれるのも、このためである。

2台の台車の
「阿吽の呼吸」をとる

しかし大串基幹職は、「搬送台車によるユニットの搬送と配置で最も難しいのが、2台の搬送台車の“阿吽の呼吸”です」と説明する。

2台の搬送台車は、磁気に誘導されて動くのだが、長さが15mもあるユニットを運ぶ途中では、ちょっとした間合いのズレが大きな誤差につながる。そこで、2つの台車が光通信で互いの位置をつかみ平行に動くように制御する技術を開発した。

つまり、「阿吽の呼吸技術」だ。その結果、「プラスマイナス5mm以内の繰り返し停止精度が実現でき、ユニット同士の噛み合わせを確認する機構を設けたこともあり、畳同士はピタッと隙間なく並びます」(大串基幹職)。

第1道場。4方向に観客席(1980席)を設け、天井には同じく4方向ディスプレイを備える。写真は檜の剣道床。
床転換システムの制御盤。転換中にアリーナ内に人がいると自動停止する安全の仕組みも盛り込まれている。
転換作業開始。無人の搬送台車2台が「呼吸を合わせて」、畳の載った重さ4.5tのユニットを運び始める。
転換作業も大詰め。各ユニットは、互いに連結する部分を持ち、ぴたりと接する。

もうひとつ大事なのが、ユニットや台車を納める「収納リフター(昇降棚)」だ。収納リフターは、道場の対抗面に計4台設けられている。つまり16のユニットと8台の台車は、4分割されて地下部分に隠れている。

1つの収納リフターは多段式で自重が約40tあり、その上でユニットや搬送台車など21t分を積載できる。ユニットや搬送台車が乗り移りする際に剣道場床面と各棚のレベルは真っ平らでなければならないが、総重量が60t近くにもなる装置でピタリと一致させる位置決め装置も開発した。

ユニット、搬送台車、リフターなどの各装置の位置や状態は、無線通信でリアルタイムに統括制御され、複数の装置を同時に動かすことで、最短時間での敷設と収納を実現している。

大串基幹職は、「重い構造体を造り、空気で浮かし、ミリ単位で制御する技術を確立できた点にこそ床転換システムの意義があります。さまざまな重量物の入れ替えに応用でき、省人化対策への貢献も大きい」と語る。

play
床転換を終えて柔道場になったアリーナ。作業完了まで40分の“早業”。
ユニットの浮上原理。床下の風船(エアマット)に送風機(ブロワ)から空気を入れると、エアマットに空いている無数の穴から空気が漏れて層をつくり、浮上する。

多様なスポーツ要求に
応える装置

川崎重工は、床転換システムの新たな市場創造にも取り組んでいる。全国にある公立の48の武道施設の中には、開設後40年を超えて地域住民の多様なスポーツニーズに対応できないでいるケースがある。

空気技術を活用する設備の営業を担当している本多良考課長代理は、「自動床転換システムの導入は、装置の大きさを考慮すれば設計の前段階から関わらせていただかないと実現しません。しかし、すでに興味を持っていただけるケースが出てきています」と語る。

その上で、住民スポーツの拡充を効率的に進められる技術の価値は高いと強調する。「床転換システムなど空気の力を生かした技術の活用は、施設の稼働効率を飛躍的に高め、省人化効果も大きい。つまり施設経営に資するものなのです」。

武道ゆかりの地で誕生した勝利の舞台を支える「空気の技」。それはスポーツの充実と勝利を願う気持ちに着実に応えようとしている。

User’s Voice

By 小林 二城 Nijo Kobayashi

ウインク武道館
館長

道場を柔軟に転換でき、
武道施設経営の効率性、優位性を支えてくれています。

ウインク武道館は、武道の普及と振興はもちろん、県民の健康と体力づくり、さらに生涯スポーツ振興の中核施設として2002年に開設されました。

剣道や柔道、空手、なぎなたなど11の武道を中心に利用されていますが、2つある道場は、国内最大規模で国際大会を開催できる仕様を備えていることもあり、週末は各種の大会に、平日は武道普及の教室を軸に高い稼働率を維持しています。

施設経営の立場でいえば、武道場を多目的に利用できる設備設計になっていることが重要です。特に第1道場に装備されている床転換システムは、当施設の高効率運営を支える大きな柱です。床の道場から畳の道場へとそれぞれ40分足らずで転換できるため、施設の利用計画を柔軟に組めるのです。

私は2018年に第8代の館長に就任しましたが、ここが備えている優れた設備機能を、施設経営の優位性につなげていくのを課題として運営に取り組んでいます。

ウインク武道館では、武道振興のためにさまざまな教室が開かれている。床転換システムは柔軟なスケジュールづくりを可能にしている。

川崎重工の技術者の皆さんは、更新工事の様子を見ていても、自らの技術を愛おしがるように健気に大切に仕事に向き合っています。そして工程遵守に厳しい自律があります。その姿は、武道を通じて規律を育てたい私たちの思いと自然と重なっているように感じます。

スポーツとKawasaki-2

雪国のスポーツ振興の拠点でも
川崎重工の空気浮上技術が活躍している

  • 友野 達夫
    エネルギー・環境プラントカンパニー
    プラントディビジョン 産業機械総括部
    搬送プラント部 設計一課 基幹職

8,300tのサッカー場を浮かせる

プロ野球、Jリーグ、コンサート、モーターショー等々。雪国である北海道で、全天候型多目的施設として活用されているのが札幌ドームだ。2001年に開設され、川崎重工の「空気圧浮上による移動式天然芝サッカーフィールド ホヴァリングステージ」が導入された。

通常は屋外アリーナにあるサッカーフィールドは(写真右)(写真下)、Jリーグ・北海道コンサドーレ札幌のホーム試合などに併せて屋内アリーナに移動する。野球でいえばセンターの席と壁が開閉式可動席になっており、そこから屋内アリーナに入り(写真上)、観客席が最も多いバックネット裏側をメインスタンドにするために90度回転する。

移動は空気圧浮上だ。サッカーフィールドのステージ内部に加圧した空気を送り込み、同時にステージの周囲に設けたチューブ状の袋(バグシール)を膨らませてフィールド下面を加圧する(図)。この空気圧で120m×85m、8300tの巨大なステージが浮き、自重は10分の1に軽減される。

次にステージ外周部に配置した34個の車輪を、油圧機構で床面に接地させて移動する。屋内アリーナへの直進移動をリードするのはウインク武道館の床転換システムでも採用されている磁気誘導装置だ。バグシールと床面との微小な隙間から漏れるエアーは、床面の凹凸により変化するが、排気調整し空気圧を一定に保つ仕組みも取り入れられている。ホヴァリングステージの移動・旋回作業は約2時間。

ホヴァリングステージを開発した友野達夫基幹職は、「2002年の日韓サッカーW杯、また19年のラグビーW杯でもホヴァリングステージが試合会場として使用されました。今後もさまざまなスポーツイベントの舞台として活用されるでしょう」と語る。

「札幌ドームができたことで冬でも室内スポーツを楽しめるようになった北海道民の喜びは大きく、まさに北海道のスポーツ振興のシンボル的存在です。それを川崎重工の技術が支えていることに強い誇りを感じています」。

Kawasaki NewsKawasaki Heavy Industries Quarterly Newsletter
川崎重工グループの和文PR誌として、多彩な製品群が陸・海・空に亘る各分野で活躍する姿と、新製品・新技術の一端をご紹介しています。

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