Apr. 2019

命の翼~BK117がドクターヘリとなる理由~

命の危険にさらされる患者のもとへいち早く医師を送り、
治療を続けながら搬送する「ドクターヘリ」。
失わせてはならない命を守るドクターヘリの約半数で採用されているのが川崎重工のBK117シリーズである。
なぜBK117がドクターヘリとして選ばれるのか。
そこには優れた技術だけが生み出せる「安心と安全」の姿がある。

  • 荻野 隆光教授
    川崎医科大学附属病院
    救急科
  • 山﨑 学
    セントラルヘリコプターサービス株式会社
    運航部 島根グループ
    岡山DHチーム チームリーダー
  • 原山 英明
    セントラルヘリコプターサービス株式会社
    運航部 運航管理グループ
    運航管理担当者
  • 岡部 直人
    セントラルヘリコプターサービス株式会社
    運航部 岐阜グループ
    機長

ドクターヘリでは、
救急車搬送に比べ
患者の死亡を4割減らせる

その活動は、ふたつの想いが出会うことで動き始めた。遠方からの救急搬送中に亡くなる患者の多さに心を痛める医師たち。交通事故で重症患者が多発する事態に心を痛める行政関係者たち。両者は、川崎医科大学(岡山県倉敷市)の創設者である川﨑祐宣医師の仲介で出会い、ヘリコプターを利用した救命・救急医療、つまり「ドクターヘリ」の運用体制の構築へと歩み出す。
川崎医科大学附属病院のヘリポートの脇には、「ドクターヘリ発祥の地」と銘じられた小さなプレートがある。2001年4月、この地で日本初のドクターヘリの本格運用が開始されたのだ。2007年にはドクターヘリについての国の考え方を示した「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法(ドクターヘリ法)」が公布され、ドクターヘリは全国で導入されるようになる。
ドクターヘリとは、「医療機器を装備したり医薬品を搭載したヘリコプターが、医師と看護師を乗せて救急現場に向かい、現場での措置後に適切な医療施設へ患者を搬送する仕組み」だ。飛行時間が片道15~25分、距離では50~70㎞程度を目安に運用されている。

川崎医科大学附属病院のヘリポートで待機するドクターヘリ。機種はBK117 C-2型機。

救命救急は時間との闘いだ。「カーラーの救命曲線」では呼吸停止後約10分で、また大量出血後約30分で、それぞれ死亡率は50%を超える。厚生労働省の研究班の調査によると、ドクターヘリを要請してから医師が治療を開始するまでの時間は平均14分で、救急車による搬送に比べ平均27分短縮された。ドクターヘリと救急車を比較すると、ヘリの搬送により患者の死亡を39%、重傷・後遺症を13%減らす効果があると推計されている。ドクターヘリは19年3月末現在、43道府県で53ヵ所に導入されている。それにより2016年度は年間約2万5,000件の出動があり、これは2004年度の7・5倍となった。
ドクターヘリとして使用されている「BK117シリーズ」は、予備機も含めて25機である。なぜBK117は、運航担当者や医療関係者の期待に応えられているのか。「命の翼」の現場を訪ねた。

医師との接触を68分
早めたケースも

岡山県のドクターヘリは、川崎医科大学附属病院高度救命救急センターに配備されている。機種はBK117 C-2型。機長と整備士の他、後方キャビンにはストレッチャーで運ばれる患者のほかに4人が搭乗できる。キャビンには各種のモニター機器や点滴静脈注射を正確に行うシリンジポンプ、人工呼吸器、吸引ポンプ、医薬品などが備えられている。出動要請から5分以内に出動し、岡山県内ならば30分以内に到着する。17年度の出動件数は362件だった。

荻野隆光・救急科部長(教授)は、「ドクターヘリ出動の疾患別では外傷が55%、脳血管障害が15%、心臓と大血管疾患が10%。附属病院脳卒中科がSCU(脳卒中集中治療室)を併設するなど、ドクターヘリと病院施設の連携をより強める体制を整えています」と解説する。
これまでに、高速道路の運転中に急性心筋梗塞の発作を起こした患者に医師が接触するまでの時間を68分短縮したり、包丁で首を刺した患者を病院まで57分で到着させて医師への接触時間を37分も短縮したケースなどがあり、ドクターヘリは、その力を遺憾なく発揮している。

川崎医科大学附属病院のドクターヘリは、セントラルヘリコプターサービスが、機材とスタッフを提供して運用を受託している。スタッフは機長、整備士、CS(コミュニケーション・スペシャリスト)と呼ばれる運航の管理者の3人。出動時には、機長と整備士が操縦席に乗り、運航管理室にいるCSは天候状況などから出動すべきかどうかを決め、患者との接触場所となる臨時ヘリポートを選定したりする。
チームリーダーで整備士の山﨑学さんは、「ドクターヘリでは、機長以下、医師や看護師も含めチームとして動きます。整備士である私も現場では、心電図モニターや点滴のチューブが絡まり治療を邪魔していないかなどを確認します。また現場到着前に患者さんの症状や血圧、呼吸状況など医師が必要とする情報を収集したり、患者さんの氏名や病状を搬送先の病院に連絡したりするのも私たちクルーの仕事です」と語る。

出動要請を受けて離陸したドクターヘリ。この出動では接触した患者を別の病院に搬送し、日没直前に帰還した。

絶対安全への一体と
なった取り組み

ドクターヘリに求められるのは「絶対安全の追求」だ。機体のメンテナンスは言うに及ばず、余裕がある時は医師や看護師にも周囲を監視してもらう。
機長の岡部直人さんは、「急ぎはするが決して焦りません。患者さんを助けたいという気持ちは誰もが強く持っていますが、あえて気持ちを抑えるのが安全運航には不可欠です」と語る。

そして安全運航を支え、患者に最適な状況を提供する裏方がCSだ。「運航管理者」ではなく「コミュニケーション・スペシャリスト」と呼ぶところに、その役割の重要性が分かる。
出動要請はまずCSに入る。これを院内無線で救命救急センターの医師、ヘリポート(待機所)などと共有する。天候などから出動できると判断した場合は、現場の救急車と接触する場所(ランデブーポイント)を機長と医師に提案する。
CSの原山英明さんは、「医師と看護師を一刻も早く患者さんのもとへ安全に届ける。ドクターヘリの責務は、これに尽きます。飛べるかどうかをCSが逡巡していては時間をムダにするだけ。待機中も天候ウオッチを怠らず、出動時は着陸地をどこにすれば何分早く接触できるかや、隣県のヘリを要請した方が早いのかなど、あらゆるシナリオをシミュレーションしています」と語る。

ドクターヘリ運航管理室。ホットラインで出動要請があるとすぐに院内無線で関係先に連絡し、同時にコースやランデブーポイントなどを選定する。

さらにCSは、隣県も含めて約1,100カ所あるランデブーポイントの安全を確認したり、周辺住民からの苦情に病院庶務課と協力して対応するのも仕事だ。「年間40〜50ヵ所程度を点検しています。周囲にアンテナが立ったり、木が大きくなっていたりすれば対応しなければなりません」(原山さん)。
まさにコミュニケーションの専門家としてドクターヘリの運用を支えているCS。ちなみに原山さんはCSになって5年。前職はパイロットだった。空と安全を知り尽くした人物の知恵がCSとしても発揮されている。

それぞれの期待に
応えられるBK117の力

なぜBK117シリーズがドクターヘリとして多く採用されているのか。その背景には、現場で働くプロフェッショナルたちの声がある。
BK117の大きな特長のひとつに後方キャビンの広さがある。荻野教授は、「後方キャビンには5人乗れるので、患者さん以外に4人、つまり医師と看護師を2人ずつ乗せたり、研修医を乗せたりもできます。患者さんの状況によっては常備品以外の医療器具も持ち込めます。つまりBK117は、より充実した医療対応を可能にしてくれるのです」と語る。
整備士の山﨑さんは、BK117の機体後部のドアが観音開きである点を挙げる。「観音開きなのでストレッチャーの搬出入に余裕があり、床面が少し高いのでストレッチャーの足の伸縮が確実にできます。何気ないことなのですが、こうした点が絶対安全を支える一因になっています」。

観音開きができる後方ドア。広い空間を確保でき、患者の搬出入を余裕をもって行える。地上とキャビン床面の高さもストレッチャーの足を伸縮させるのに都合がよい。
後方キャビンには各種の医療機器が常備されている。(上)写真の右側にあるのが患者を乗せるストレッチャー。パイロットの負荷を減らすアビオニクス(電子機器類)も充実している(下)

機長の岡部さんは、BK117が全国にあるドクターヘリのなかでも唯一、「TA級」と呼ばれる双発エンジン機であることを強調する。TA級とは、ひとつのエンジンが故障しても、もうひとつのエンジンで安全に飛行を継続できる機体のことだ。
「万が一の場合でも、安全に運航を維持できる。その上でC-2は、エンジン出力が高く、操縦に対する機体の反応が機敏なので危険の回避行動もスムーズです。各種の計器類が安定稼働するまでの時間も短い。つまり出動要請から離陸までの時間を大きく短縮できるのです」。

BK117は、川崎重工と欧州のエアバス社が共同開発しているものだ。川崎重工は、エンジンの力をローターなどに伝えるトランスミッションやギア・ボックス、胴体などの開発・製造を担っているが、広い後方キャビンや観音開きのドアは、川崎重工のものづくりの力の成果だった。例えばギア・ボックスが小型で信頼性が高いので天井部分にコンパクトに収められ、それによって後方キャビンが広くなり、またテールブームも上に持ち上げられるようになったため観音開きのドアが実現できたのだ。
命の翼として活躍するドクターヘリ。それを川崎重工の技術が支えている。

For the Tomorrow

高性能化への進化が続くBK117 D-3

1983年の初号機納入以来、国内で178機、エアバス社分を含めると全世界で1500機以上の納入を誇るベストセラー機、BK117。その最新鋭機として2019年3月に投入されたのが「BK117 D-3」だ。

BK117ヘリコプター特集もぜひご覧ください。製品の多用途さやその役割のほか、川崎重工のものづくりを通じた社会貢献を映像などで紹介します。

Leader’s Voice

By 田村 勝巳 Katsumi Tamura

航空宇宙システムカンパニー
ヘリコプタプロジェクト本部 副本部長

開発・製造・サポートの3つの力でドクターヘリを支え、
使命の持続性を担保しています。

BK117は、広い後方キャビンや観音開きのドアなどを特長とする多目的ヘリコプターですが、特長故にドクターヘリとして多数導入されています。使い勝手だけでなく、操縦性能の良さや頑丈で安全性が高いこと、さらにメンテナンスの容易性などから関係者の皆様から圧倒的ともいえる信頼を得ています。
その特長が実現できている背景には、川崎重工の開発力や製造力があります。キャビンの広さや観音開きのドアは、トランスミッションを小型で高性能化できたからこそ実現できたものであり、それらを当社の設計・製造技術が支えています。最新型のD-3では、5枚ブレードになって振動が低減され、搭乗時の快適さも向上しています。搭載量も増加しました。これらの特長は、ドクターヘリとしての機能の向上であり、より安全で確かな運用をもたらします。

ドクターヘリとしての運用では、メーカー側は「売って終わり」ではなく、継続的なサポートに力を注ぐのが義務だと考えています。従来のサポートに加え、2019年4月からは「パーツ・バイ・アワー」と呼ばれる新しいサポートサービスを開始します。これにより運航・整備現場での作業の中断や機体の運航停止時間を減らし、ヘリコプターの可働率をより向上させることができます。
さらに19年5月には、BK117シリーズの訓練センターを開設します。パイロットや整備士の養成と、すでに基本技量のある方の高度化訓練を行います。BK117のDシリーズから採用されたフェネトロン型テールローターの整備訓練装置や最新のアビオニクスの訓練装置などを導入します。
これからも川崎重工はサポートや人材育成を通じて、ドクターヘリの機材提供と運用を受託している航空会社様の経営や安全運航に資することで、日本のドクターヘリの運用の持続性を高めていきます。それがドクターヘリに関わる皆様から寄せられている信頼に応えることであると思っています。

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川崎重工グループの和文PR誌として、多彩な製品群が陸・海・空に亘る各分野で活躍する姿と、新製品・新技術の一端をご紹介しています。

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