Jan. 2016

新領域に挑む
100年目の油圧機器事業

川崎重工の油圧機器事業が第2世紀の扉を開ける。油圧用ショベルの油圧機器で世界トップの実績を地盤に、
新たな事業領域に参入する。「働くクルマ」に新たな革新がもたらされようとしている。

斜板形として世界最高クラスの性能を実現した油圧モータ「M7V」(上)と、
クローズ回路HSTの産業車両向けとして新たな市場に挑む油圧ポンプ「K8V」(下)

  • 駒田 浩一主事
    精密機械カンパニー 技術本部
    機器第一技術部
  • 楠本 亮介主事
    精密機械カンパニー 技術本部
    機器第一技術部
  • 大西 正貴部長
    精密機械カンパニー 技術本部
    機器第一技術部

HSTなど
新たな事業領域に挑戦

「働くクルマ」の代名詞とも言えるのが油圧ショベルやクローラークレーンなどの建設機械。純国産の油圧ショベルである日立製作所(現・日立建機)の「UH03」が開発されたのは1965年のことだった。UH03は、現在に至る油圧ショベルの原型であり、日本が世界最大の油圧ショベル生産国へと飛躍を遂げる起爆剤となった機械である。
UH03の開発で、日立製作所から走行と旋回用の油圧モータの開発を依頼されたのが川崎重工である。試行錯誤の連続であったが、左右の走行用と旋回用に計3台の油圧モータを製造し、納入した。このUH03は、最終的に油圧経路を2系統にすることで、操作性や作業性能では1系統だった輸入ショベルを凌駕した。
UH03のバージョンアップ機であるUH05やUH06の開発でも、川崎重工は、油圧機器の飛躍的な性能向上を実現した。大きな馬力を有効に使うために「可変容量型ポンプ」を開発したのである。エンジン馬力の利用率を高めることでエンジンを小型化でき、油圧出力(圧力×流量)を自在に変えることで効率、作業性が向上する。現在でも、油圧ショベルはほぼ可変型ポンプを使う。そうした技術の流れを創造した。

UH03から半世紀。川崎重工は油圧ショベル用の油圧ポンプ、油圧モータなどで世界No.1のメーカーになり、顧客から圧倒的な支持を得てきた。そして、1916年に旧川崎造船所の神戸工場で操舵機用のラジアルピストンポンプの技術提携を始めて100年が経つ。
100年目の扉を開くかのように、川崎重工の油圧機器事業は、まったく新しい分野への挑戦を始めた。従来は手掛けていなかった「クローズ回路」と呼ばれる油圧システム分野で、特にホイールローダやトラクターなどクローズ回路を使い油圧ポンプと油圧モータの容量制御だけで無段変速するHST(Hydro-Static Transmission)を備える産業車両分野への製品供給を開始したのである。その先鋒に立つのが、「斜板形HST用ポンプ K8Vシリーズ」と「斜板形アキシャルピストンモータ M7Vシリーズ」である。

ポンプとモータの構造図

ポンプもモータも、駆動軸があり、駆動軸にいくつもの穴が開いたレンコンのようなシリンダブロックが付き、その穴の中をピストンが動く。その基本構造は同じだ。ポンプでは、搭載機のエンジンの回転力などを利用して回転し、斜めに配置された斜板に沿ってピストンが動いて油の吸入・吐出を行い、高圧力の油圧エネルギーを生み出す。一方モータは、高圧の作動油が入りピストンを斜板に押しつけることで回転力を生み出している。

HTSの動作油の流れ 斜板形アキシャルピストンモータ M7Vシリーズ 斜板形 HTSポンプ K8Vシリーズ

世界トップクラスの実績を、
誰もできなかった方式で実現する

油圧でモータやシリンダなどを動かすためのエネルギー源となる油圧ポンプには、「オープン回路」用と「クローズ回路」用の2つのタイプがある。油圧ショベルは「オープン回路」だが、無段変速装置HSTは、「クローズ回路」で構成される。
オープン回路は作動油がタンク→ポンプ→バルブ→モータ(シリンダ)→タンクと循環する。一方、クローズ回路は作動油がポンプ→モータ→ポンプと循環する(図1、HSTの作動油の流れ)。そのためクローズ回路はシンプルな回路となるが、ポンプには作動油を補充するチャージポンプなど各種機能が必要となる。
クローズ回路の油圧機器は、さまざまな産業車両に導入されているが、最も大きな市場が、HSTを備えたホイールローダやトラクター、フォークリフトなど「力持ちで速く走行できる産業車両」の分野だ。そのために、モータには高速回転と高トルクという機能が求められ、力を生み出すポンプも必要になる。

『K8Vポンプ』は、作動油を40MPaの圧力で送り出す。搭載車両の燃費に影響するポンプ効率は世界最高クラスであり、低騒音や高い信頼性も実現している。産業車両分野でのニーズに応えたポンプとなっている。
K8Vポンプが生み出す油圧の力を受けとめ、高速回転・高トルクを生み出すのが「M7Vモータ」だ。油圧ショベル用のモータでは毎分2000回転程度だがHST用では5000回転という高速回転を実現しており、油圧ショベル用のモータに比べ、出力密度(単位重量あたりの出力)を約2倍まで引き上げた。

HSTでは通常、「斜軸形」と呼ばれるモータが多く使われている。構造は高速回転に適しているが、大きさが大きくなる難点がある。M7Vモータは、「斜板形」と呼ばれるモータで、構造がシンプルでコンパクトなので産業車両への搭載性が優れている。またM7Vモータは、当社がこれまで建設機械用斜板形モータで培ってきた微細な運転でも正確に操作できる低速性能の技術を全て盛り込んだ。したがって低速から高速まで対応できる優位性がある。斜板形モータで、HST用として、斜軸形相当の高速回転・高トルクを世界で初めて実現したのがM7Vモータだった。

油をコントロールする
総合芸術

図2、3で解説しているように、斜板形のポンプとモータは、〝双子の兄弟〟のようなものだ。両者には、共通した技術課題と個別の技術課題がある。
共通の技術課題とは、①高速回転、②高圧力、③高傾角化、④軽量化などだ。それらの技術課題は、密接に関係し合ってもいる。川崎重工精密機械カンパニー技術本部機器第一技術部長の大西正貴は、次のように解説する。
「高速・高トルクにすれば必然的に熱が多く発生しますので、部品同士が擦り合う摺動部に使う材料の耐熱性を向上させなければなりません。そのために材料選びから始まり、部品の寸法精度を高め表面の硬さを向上させる必要があります。ピストンやシリンダブロックなどのロータリ部品が回る際に軸がぶれないようにする油圧バランスの調整も必要です。斜板を高傾角化すれば、それだけ出力密度を高めることが出来ますが、いかに内部構造を構成するかが課題になります」

大高性能の肝とも言えるシリンダブロック(左側)とピストン(右側)。
部品のハンドリングには川崎重工製のロボットも活躍している。

その上でK8Vポンプでは、世界最高のポンプ効率や低騒音を実現している。効率化では、シリンダブロックとピストンの間のすき間と摩擦力を低減させている。耐熱性の高いピストン材料を使うことですき間を小さくすれば、すき間から漏れる作動油を減らせる。つまりポンプとして作動油を送り出す効率が増し、ポンプが小型になっても大きな出力が確保される。
低騒音化では、ピストンが油を吸入・吐出するタイミングを制御するバルブプレート(弁板)の形状を見直した。騒音は、ピストン室内の圧力が上がったり下がったりする際の圧力変化で起きる。バルブプレートの見直しで、作動油の吸入と吐出のタイミングを最適化したのである。
K8Vポンプの開発を担った精密機械カンパニー技術本部機器第一技術部主事の楠本亮介は、「信頼性を高めるために、斜板の支持構造を、すべり軸受と呼ばれる方式にもしています。この方式では、強い衝撃を吸収でき、流体の油膜圧力に支持されているので理論的には寿命は半永久です。K8Vの売りの目玉の一つと自負しています」と語る。

開発を支えるのは計測と
解析の高度技術

M7Vモータの開発でも、斜板形モータで高速回転、高トルクを実現するための技術課題があった。開発を担った精密機械カンパニー技術本部機器第一技術部主事の駒田浩一によると、「HSTは時速40~50キロで走行するので高速5000回転は必須条件です。しかし、それを斜板形のモータで実現するところに、今回の挑戦の意味がありました」と言う。
高速回転・高圧なのでポンプと同じように熱が発生する。そのために耐燃性が高く高耐圧の材料を選び、材料表面には熱処理の工夫も施した。

さらに高速回転・高トルクを実現するための肝になったのが、シリンダブロックの安定化だった。ピストンが油圧で斜板に押し出されて接触すると、斜板は、その名の通り斜めに傾いているのでピストンは斜めに滑り落ちようとする。これにより回転力が生まれる。そのためピストンが並んでいるシリンダの姿勢が安定していなければ高速回転・高トルクは実現しない。
駒田は、「ピストンやシリンダブロックなどのロータリ部分を全面的に設計し直し、細かい部分の形状なども見直して油圧のバランスが取れるようにしました」と言う。

精密機械である油圧機器の生産では、部品の取付けミスや工程ミスがないように人と機械が協調する。作業指示システムによって作業手順を表示したり、作業を終了しないと次の作業へ移れない仕組みも取り入れられている。
また、出荷運転検査では無人搬送台車が自動的に検査スタンドへワークを運ぶ。
油圧ポンプ運転場(上)。高圧での運転にもかかわらず、防音壁に囲まれており、運転装置の周辺は極めて静かだ。完成した油圧機器は、最後に塗装されて出荷される(下)。

実は、ポンプでもモータでも、その開発にあたって重要な役割を果たしているのが、計測と解析の技術である。例えばポンプの場合、その効率は「容積効率×機械効率」で決まる。容積効率とは、部品のすき間などから漏れる作動油の損失を計算に入れた効率で、機械効率とは、部品同士の摺動や作動油が装置内で撹拌して起きる出力の損失を計算に入れた効率である。両方の効率を向上させるには、損失量などを精細に計測する計測技術と、その理由を理論的に説明する解析技術がいる。
それを支援したのが川崎重工の技術開発本部技術研究所だった。K8VポンプとM7Vモータの開発では、開発スタッフが技術研究所に駐在して基礎研究を続けた。開発が実用化段階に入ると、技術研究所のスタッフが西神戸工場に駐在して共同研究が続けられた。そこには川崎重工が航空機や鉄道車両の開発で培った流体解析技術が駆使されている。

機器第一技術部長の大西は、「ポンプもモータも肝となるのは、ピストンやシリンダブロックのロータリ部品です。計測と解析で得られた最適形状を、着実かつ正確に実現する『ものづくり力』は、西神戸工場の底力を示しています。まさに川崎重工の総合力でなしえた技術革新でした」と語る。

Leader’s Voice

By 曽谷 康史 Yasushi Sotani

川崎重工業株式会社
精密機械カンパニー理事 技術本部長

次の100年の鍵は、油圧システムの総合ソリューションの提供能力

2016年は、川崎重工の油圧事業が創業されてからちょうど100年を迎えます。この節目の時に私たちは、油圧ショベル用の油圧機器開発で培った技術力とお客さまの信頼を地盤として、クローズ回路、HSTという新たな領域への挑戦を始めました。
あらゆる油圧関連のビジネスは世界で3.3兆円規模と見込まれ、当社は建設機械向けの油圧ポンプやモータを軸に「世界主要8社」の一角を占めています。
新たな領域への挑戦には、「油圧機器の差別化」と「システムを構築して提供する」という二つが両輪となって展開されなければなりません。油圧機器そのものの高品質な開発・生産能力が競合他社に比べて圧倒的に優れていること。そして、各種の機械を動かす際の油圧回路や電気制御回路も手掛けている当社の技術蓄積を連動させてお客さまに提案していくのです。機器の良さと、それを活かすシステムを組み合わせて提案できることが当社の強みです。

ホイールローダやトラクターなどHSTの分野は、市場は大きい分、競争も激しい世界です。それだけに、お客様の各種機械にシステムソリューションを提案する活動に注力しなければなりません。当社の油圧機器は、長年蓄積してきた技術により、世界最高クラスの高効率、高性能を実現します。その油圧機器を用いた当社のシステムソリューションは、クローズ回路の市場においても競争力を発揮できると考えています。
川崎重工は、油圧ショベル用の油圧機器で世界ナンバーワンのメーカーですが、それとは大きく違うクローズ回路市場のHST分野への参入については、競合各社から驚きを持って受け取られているようです。注目されていることを感じています。当社にとっては、次の100年に向けた油圧機器事業のさらなる進化をめざす当然の選択でありました。それは私たちが、自らを奮い立たせるための挑戦でもあるのです。

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川崎重工グループの和文PR誌として、多彩な製品群が陸・海・空に亘る各分野で活躍する姿と、新製品・新技術の一端をご紹介しています。

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