川崎重工の歴史


1991年

英仏海峡海底鉄道トンネル掘削機、掘削に成功

当社製トンネル掘削機「T2」-英仏海峡海底鉄道トンネルを貫通 (1991年5月22日)

1987(昭和62)年、当社は英仏海峡海底鉄道向けに掘削断面径8.78メートルのトンネル掘削機2基を受注しました。この掘削機は、フランス北部のサンガットの海岸からイギリスに向かって掘り進むためのものでしたが、フランス側の地層はチョーク層であり、一部亀裂が多く水を通しやすい地層や断層帯もあって高圧の海水が流入する事も予想されました。このように、海底下40メートルの複雑な地層に加え、最高10気圧の水圧も加わる厳しい条件下で16キロメートルを連続掘削し、しかも1ヶ月に500メートルという高速掘削が要求されました。それまでの掘削機では、1基での掘削距離は数キロ程度であり、掘削条件も1-2気圧で月進200-300メートル程度が一般的でした。製作面においても受注から設計・製作、そして納入までがわずか13ヶ月という過酷ともいえる厳しい条件が課せられました。しかしながら、それまでに合計1,000基にも及ぶシールド掘進機、トンネル掘削機を手掛けてきたトップメーカーとしてのノウハウと誇りがこの厳しい要求に応じる事になりました。部品総数が10万点以上というトンネル掘削機が完成し、試運転の後、播磨工場から船積みされたのは1988(昭和63)年6月のことでした。

「ヨーロッパ」「カトリーヌ」の愛称で呼ばれた2基のトンネル掘削機は最大月進度1,200メートルを達成するとともに、悪い地質の層でも600-700メートルを掘削、当初予定の連続掘削距離16キロメートルを4キロメートルも延長して20キロメートルとし、さらには予定より8ヶ月も早く掘削を完了するなどトンネル掘削の歴史に数々の世界記録を残し、サンガットの立坑を発進して以来、約2年半後の1991(平成3)年5月と6月に相次いで貫通しました。英仏海峡海底鉄道トンネルが貫通した後に軌道が敷設され、開通したのは1994(平成6)年5月6日のことでした。ナポレオンの計画以来200年、26回の挫折を経て、英仏海峡に鉄道が走ったのです。

1996年

東京湾アクアライン向け世界最大径シールド掘削機、掘削完了

播磨工場から搬出される東京湾アクアライン向けシールド掘進機

東京湾アクアラインの建設工事では、川崎側の海底トンネル(長さ約10キロメートル、上り下り2本)を掘るのに合計8基のシールド掘進機が使われましたが、そのうちの3基が川崎重工製です。このシールド掘進機は直径が14.14メートルで世界最大級。超硬合金製の刃が約1,200個取り付けられた円形の掘削部分が、約2分30秒で1回転しながら地盤を掘削。川崎重工が独自に開発した、コンピュータ制御のセグメント(トンネルの構造体となる鉄筋コンクリート製ブロック)自動組立装置などの導入により1人でも操作が可能な完全自動化マシンです。東京湾アクアラインは1997(平成9)年12月に開通しました。

1996年

創立100周年

2001年

北米唯一の鉄道車両の一貫製造を行う最新鋭の鉄道車両専用工場が完成

KMM リンカーン工場

2001年(平成13)、当社は、Kawasaki Motors Manufacturing Corp. U.S.A. (KMM)のリンカーン工場(ネブラスカ州)内に、鉄道車両の一貫製造を行う工場を開設し、翌年に本格稼動を開始しました。新工場は、KMMリンカーン工場の136万m2の広大な敷地を活かし、約4万m2の建屋内に約480mの直線の構体ライン、艤装ラインを持ち、工場入口から出口にかけて構体(ボディ)製作、試験、塗装そして艤装作業が一連の流れとして完了するレイアウトとなっています。また、工場内の製造車両の移動手段としてゴム台車や空気浮上台車を採用することにより、床面にレールのない全面平滑な構造になっています。これらの特長により、新工場は製造車両や部品などの物流を整流化するとともに、製造する車両に合わせて工場レイアウトを簡単に変更できる高効率かつ、フレキシブルな工場です。

2001年

社内カンパニー制と執行役員制を導入

2002年

船舶部門が(株)川崎造船として分社独立
精機部門(油圧機器部門)が(株)カワサキプレシジョンマシナリとして分社独立

2003年

破砕機事業部門が(株)アーステクニカとして分社独立((株)神戸製鋼所との合弁)

2004年

台湾高速鉄道向け車両初出荷

台湾高速鉄道向け車両

当社を含む日本企業7社によって設立された台湾新幹線(株)は、2004(平成16)年台湾高速鉄道股份有限公司向け高速鉄道車両の第一編成12両を本積みし、台湾に向けて出荷しました。日本の新幹線システムが海外で初めて採用された台湾高速鉄道プロジェクト向け700T型車両一編成で、新幹線車両の初の海外輸出となりました。この700T型車両は、東海旅客鉄道(株)と西日本旅客鉄道(株)が共同開発した700系新幹線車両をもとに、台湾国内の地理や環境、法令規則などに照らして最適設計されており、最高時速300kmで台北―高雄間(345km)を最速1時間半で結びます。台湾新幹線(株)は、車両のほか信号システムや軌道などを受注したが、車両は当社が主契約会社となり、日本車輌製造(株)および(株)日立製作所とともに、30編成(360両)を製造しました。

2005年

プラント部門がカワサキプラントシステムズ(株)として分社独立

2006年

環境部門がカワサキ環境エンジニアリング(株)として分社独立

2007年

カワサキプラントシステムズ(株)とカワサキ環境エンジニアリング(株)が合併し、新たにカワサキプラントシステムズ(株)として発足

2007年

次期固定翼哨戒機(XP-1)試作1号機・次期輸送機(XC-2)試作1号機ロールアウト

次期固定翼哨戒機(XP-1)試作1号機
次期輸送機(XC-2)試作1号機

2007(平成19)年、当社岐阜工場において次期固定翼哨戒機(XP-1)試作1号機・次期輸送機(XC-2)試作1号機ロールアウトしました。2001(平成13)年、当社は防衛省からXP-1およびXC-2開発の主契約企業に指名されました。XP-1およびXC-2は、防衛省が2001(平成13)年度より開発を進めるもので、大型航空機の国産開発は、「C-1」以来ほぼ40年ぶり、しかも2機種を同時に手がけるという、わが国初の大プロジェクトです。両機は岐阜工場において各種試験を行った後、XP-1試作1号機は2008(平成20)年に、XC-2試作1号機は2010(平成22)年に、それぞれ防衛省に納入されました。

2008年

(株)アーステクニカを完全子会社化

2009年

建設機械部門が(株)KCMとして分社独立

2010年

(株)川崎造船、カワサキプレシジョンマシナリ、カワサキプラントシステムズを再統合

2013年

シスメックス(株)と医療用ロボットの開発に向けたマーケティング会社(株)メディカロイドを設立

2015年

(株)KCMを日立建機グループに譲渡

2017年

米国工場で当社初となるボーイング社向け民間旅客機用貨物扉の製造ラインが完成

KMMリンカーン工場

2017年(平成29)、当社はKawasaki Motors Manufacturing Corp. U.S.A. (KMM)のリンカーン工場(ネブラスカ州)内に、ボーイング社の最新鋭民間旅客機であるボーイング777X用貨物扉の製造ラインが完成しました。この製造ラインは、リンカーン工場にある既設建屋内の約2,800m2のエリアに2015年12月から整備を進めていたもので、当社として初めて米国に設置した航空機用部品製造ラインです。繊細かつ正確な塗装が可能な自社製塗装ロボットや、打鋲の対象範囲が拡大したオートリベッター(自動打鋲機)など、最新鋭の設備を導入して自動化を推進することで、高品質かつ高効率な生産を行います。

2018年

米国工場で当社初となるボーイング社向け民間旅客機用貨物扉が完成

完成した貨物扉

2018年(平成30)9月に、ボーイング社の民間旅客機用の貨物扉を、リンカーン工場で初めて完成させました。リンカーン工場の航空機部品製造ラインでは、繊細かつ正確な塗装が可能な当社製塗装ロボットや、打鋲の対象範囲が拡大したオートリベッター(自動打鋲機)などの最新鋭設備を活用した自動化を推進しています。また、長年の量産品事業で培ってきたKPS(カワサキ・プロダクション・システム)の適用により、高品質かつ効率的な生産体制を構築するとともに、米国産の資材・部品の現地調達等により、輸送費やリードタイムの削減に取り組んでいます。

2021年

鉄道車両部門が川崎車両(株)として分社独立
モーターサイクル&エンジン部門がカワサキモータース(株)として分社独立